最終号: 新たな時代の流れに乗って
市内の友人が、テレビなしの生活をする私達に、
11月初旬にBS-NHKで放送された番組を見せてくれた。
毎度おなじみの「西洋的解釈のマヤ」が語られているものと、
全く期待せずに観はじめた。
しかしその番組には、私達が知る限りでは初めて、
マヤ先住民の伝統的な視点で解説される
円環サイクルによる暦や太陽(自然)信仰の話などが
所々で話されていた。
もちろん、
「いけにえ」などの浅はかな解釈はまだ含まれるものの、
素直に「時代は変わったな〜」と思わされる出来事だった。
この現代社会では、例え先住民といっても、
西洋文化的な学校教育を受けているのが一般的だ。
よって、語り手が先住民であっても、
間違いなく西洋的なものの解釈で自身の伝統を語っている。
同様に私達の日本に目を向け、歴史を振り返ってみれば、
江戸末期に黒船がやって来て、
日本人のマインドに大変なショックをもたらして以降、
日本も貪欲に西洋文化を吸収し、咀嚼してきた。
当初「和魂洋才」は己の成長のために、または、
日本文化の素晴らしさを世界に示すためだったかもしれない。
しかし所詮、有色人種を蔑視する西洋社会では、
歓迎され、彼等に肩を並べることは到底許されなかった。
それを理解することができなかった日本人は、
世界戦争という西洋に有利な悲劇の場に誘い込まれ、
引きずり出され、彼等の策にまんまと引っ掛かってしまった。
戦後は、「西洋に完全に敗北した」と、
東洋の誇りを失墜させるような教育がなされてきた。
その結果、西洋のマインドを持つ東洋人、
矛盾したマインドを持つ東洋人として、
私達日本人は育ってきた。
有色人種でありながら有色人種を軽視する
つまりは、自らを否定する文化の、
白人至上主義の中で暮らしている。
まさか自分がそのような西洋社会に暮らしていようとは、
気づいていないかもしれない。
しかし、周りをよく見わたしてみれば理解できる。
例えば、ファッション業界では、
私達の白人願望を叶えてくれる。
「色白になりたい、金髪になりたい、脚を長く見せたい、
小顔になりたい、二重にしたい、鼻を高くしたい・・・」。
そんな無理難題な願い、ニーズに応えている。
そんな調子で衣食住のあらゆるものが、
ファッション、食べ物、家、建築、台所、風呂、便所、車、
暦、教育、経営、政治、音楽、スポーツ、宗教、結婚・・・、
全てにおいて洋式が素晴らしい、美しいと謳われ、喧伝される。
白人が暮らすような世界こそが、
唯一、完璧で、文化的であると信じ込まされている。
私達日本人のマインドには、特にこの戦後約70年の間に、
そのような西洋への憧れ思想が刷り込まれてきた。
だからこそ、
西洋文化の教育を一切受けずに、護られて育った
長老フンバツ・メンに出会った時の衝撃は強烈だった。
そして、
長老からの教えやマヤの伝統的な叡智に触れてゆくことで、
例え先住民が語っていても、
それが古代から継承してきた伝統の言葉なのか、
それとも現代の西洋思想が混ざった言葉なのかを、
容易に判別することができるようになった。
そういった意味でも、前述のBSの番組には希望があり、
時代の変化の流れを感じることができたのである。
有色人種の視点で美しい世界を物語る番組が、
次々と放送されるような時代が来たのだとしたら、
多くの人が光の時代の到来を直に感じることになるだろう。
長老フンバツ・メンは度々仰ってきた。
「東西南北を示す赤、黒、黄、白の四色の人種が、
互いを尊重し合って交流していた超古代の社会が復活する」。
世界中の歴史や文化を見直す光の時代がやって来た。
この2000年あまり、
西洋的な解釈でしか研究されてこなかったという過ちに、
多くの人が気づき始めている。
アフリカのスーダンに1000ものピラミッド群が、
またサハラに泥で作られた超古代都市跡があるなんて・・・。
マヤ先住民の伝統文化が知らされてこなかったように、
多くの人はまだ知るよしもない。
アジアにも、南北アメリカにも、太平洋上にも、
また、海底にも、超古代文明跡があることを、
これまでの時代は、完全に無視してきた。
人類の軌跡を辿る丁寧な見直し作業がこれから始まるであろう。
マヤ先住民が言うように、
宇宙から放たれる惑星や恒星のエネルギーを受けて、
時代は刻一刻と変化してゆく。
過去は未来に、未来は過去につながっている。
超古代文明は、野蛮で遅れたものでは決してない。
秘密裏に継承された超古代の叡智の中に、
悩める現代人が必要とする宝がふんだんに隠されている。
それを見つけ出さなければならない光の時代が戻ってきた。
そんな時代に今、こうして、
使命や仲間達と共に生かされていることに感謝している。
父なる太陽の偉大なる光がいつもあなたと共にありますように。
イン・ラケ’ッチ!(私はあなた、あなたは私)
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明らかな時代の変化を感じ取り、今号を持ちまして
6年以上にわたって続けてきたこのメルマガ(日記)を
完了致します。
本誌の当初の目的は、
マヤ先住民の伝統的な教えや情報を、広く、一般に向けて、
無償で提供するということでした。
それによって、誤って伝わっているものごとを、
真実の方向へと修正することに取り組んで参りました。
そして今では、2012年の終末論や
ホゼ・アグエイアス博士考案の創作暦などが、
マヤ先住民の伝統的な思想のものとは異なるという認識が
広がりました。
よって、発行当初の目的は充分に達成され、
肩の荷が一つ降された安堵感を得ています。
今後はまた、次なる大きな目的、目標、使命の達成に向かって、
さらに進化、前進して参ります。
長らく、つたない文章をお読みくださった皆様には、
心から感謝申し上げると共に、
引き続き、
当校から発信する古代マヤの叡智にご興味ある方は、
当校へのご入学手続き後に配信する複数のメルマガや
書籍等でお読みいただけることを、お知らせ致します。
これからは益々、当校での学びに真剣に関わって下さる方々と、
深く、フォーカスを絞って、交流してゆきたいと思っております。
これからも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
ありがとうございました。
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海に沈んだ超古代文明からの叡智伝承
先の秋分の富山教室で、
ヨガ・マヤ宇宙大学のレッスンを実施した。
日本のある古文書によると、
いにしえの時代、今とは地形の異なる日本において、
富山県はとても温暖な地域で、世界の首都だった。
世界中の名だたるマスター達が、
教えを学び、ワークを実践しに来た聖地として、
大変に賑わい、栄えていたのだという。
2008年秋、マヤ先住民の長老と神官の評議会が、
世界の52か所の古代聖地の一つに選出したのが、
日本で唯一の尖山(富山県立山町)。
富山に生まれ、実家がまだあることも重なって、
私達はここ数年、
富山で行なうワークをとても重要視している。
そして、行なう度に思いを深めるのは、
「明らかに富山は忘れられた古代聖地であり、
尖山は聖なる大ピラミッドである」ということ。
日本の古文書が伝えている内容と、
長老フンバツ・メンが仰るマヤの伝承に、
実に多くの共通点がある。
「光の時代に復活する忘れられた古代聖地で、
再び真のティーチャー達にその叡智が届けられる」。
私達が教わっているマヤ先住民の伝統の叡智は、
海に沈んだ超古代文明発祥のものであるので、
かつて富山で学ばれていたものときっと同じであろう。
光の時代に必要とされ、蘇る、太古の教えだ。
その基本的な内容が、
ヨガ・マヤ宇宙大学のレッスンに集約されている。
3年前にマヤでヨガ・マヤのレッスンを学び、
大きな関心と衝撃を受けたことは忘れられない。
翌年もその教えをさらに深めるために再受講した。
今、それを日本で伝える立場となったが、
自身の学びや理解が進む度に、
とてつもない叡智に触れていることに気づかされる。
そしてその教えを、
富山で分かち合っている意味深さを考えると、
その重要性から身が引き締まり、恐れさえも感じてしまう。
おそらく、今回受講して下さった皆さんも、
様々な思いを感じて下さったに違いない。
古代の宇宙的教育を、再び肉体を持って富山で学べる喜びを、
互いに認識し合えたと思っている。
台風一過の秋分の日は、尖山の山頂で日の出のワークを行なった。
前日までの風雨から一変し、上空には月や星々が輝いていた。
念願のワークに心躍らせ、真っ暗な中、車を走らせた。
各々が懐中電灯を片手に、内なる自分に向き合いながら、
静かに、そしてエキサイティングに、聖なるピラミッドに登って行った。
ベストタイミングで山頂に到着し、準備を整えてその時を待った。
そして、
真東に位置する雄山(立山)から差し込む父の眩い光を存分に浴び、
聖なる言葉を受け取り、祈り、誓いを宣言し、
父との秋分の日のワークに献身した。

ふと後ろを振り向けば、美しい大きな虹が現われている。
感動と奇跡のようなその現象は、
私達に「間違いのない道」を歩んでいることを示してくれ、
全員が歓喜の声を上げて、感謝と至福感に充たされた。

太陽を父とし、大地を母とする教えの伝授は、
太陽の元で、大地の上で、行なわれることがふさわしい。
今回の富山でのワークは、
豊かな自然に恵まれた環境の中で、
儀式ワークと知識ワークをバランスよく実践することができた。
自然の中でのバランス・ワークは、
マヤの教えが語る
「鳥、風、雲、木、雨、虫、蛇、蛙・・・、彼等があなたの先生」
ということを、皆に体感させ、実感させた。
私達人間は、自然界と切り離されて生きることはできない。
その当たり前のようでいて真に理解されていない、
また教育にも取り入れられていないとても大切なことを、
改めて認識することができた。
太陽に向かい、大地に触れて、
畏敬の念と共に、
あらゆる存在とイン・ラケ’ッチでつながりながら儀式を行なう。
そうすることでのみ、
自然界との真のつながり、調和というもがなされると感じた。
また、知識の学びもやはり頭ではなく、
ハートで、チャクラで、全身で理解してゆくものであると納得した。
私達は、再び古代聖地が復活するこの光の時代に、
共に学んでゆくことを決めて生まれた者達だと信じている。
忘れられた古代聖地のピラミッドに立ち、
太陽と大地への祈りを通じて宇宙の叡智を学び伝えることは、
私達が再び生まれてきた使命の一つであるはず。
その目的は、意図は、
円環の「サイクル時間」であるこの自然界の一部として、
つながりを途絶えさせないこと。
美しい地球に存在し続けるなら、つながりを分断してはならない。
26,000年という大きな時間のサイクルを真に理解し、
闇の時代に生きた無数の祖先が護り継いできてくれた叡智を、
光の時代に生きる未来の人々へと遺してゆくために、
つながりを保ち続けてゆかなければならない。
生まれる前に神と約束した成すべきことを思い出し、遂行しよう!
この夜明けの時代を選んで生まれた私達の使命は実に大きい。
父なる太陽の偉大なる光がいつもあなたと共にありますように。
イン・ラケ’ッチ!(私はあなた、あなたは私)
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「ヨガ・マヤ宇宙大学 日本分校」レッスン、随時募集中!
http://www6.plala.or.jp/nagaku/workshop-yokhahmaya.htm
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天文台的教室で学ぶマヤの宇宙的教育
春に訪れたマヤン・コミュニティ「ロルベ」では、
「天体観測の神殿」が建造真っ最中だった。
そこはおそらく、
世界で唯一の「宇宙的教育」のための教室。
よって、教室と言っても、
私達が想像するものとは大きく趣が異なる。
この建物には入口や窓枠に扉はない。
屋内でありながら屋外とさほど変わらず、
開放感は格別なもの。
風、光、氣がさわやかに通りすぎる。

また、天井に一つ、円形の天窓があり、
父なる太陽の光を集約して床に反映させている。
太陽を軸とするシンプルなマヤの教えの真髄が、
ここにも表現されているのだ。
太陽や月の偉大な光は、
日々、変化に富む動線を床に描く。
丸い光が、刻々と床をすべってゆく。
光の動きをつぶさに観察すると、
その意外なスピードの速さに驚かされた。
また、窓枠や入口は、
潜在意識を刺激する聖なるシンボル形にくり抜かれている。
その配置もまた、
太陽、月、星々の動向を観測することに考慮されている。

「高度なテクノロジーは必要ない。
簡素に洗練された原初的教育法で充分」と
マヤ先住民の長老フンバツ・メンは笑う。
風や光、そして生命の息吹きを感じさせる教室。
私達の「魂の源」を身近に、また即座に意識させ、
宇宙的教育を学ばせる「天体観測の神殿」教室。
先日、長老からメールが届き、
その教室建造が完了した旨の報せを受けた。
美しさと誇りに溢れた神殿教室の写真も添付されていた。
シンプルな宇宙的要素が散りばめられた教室に、
ただ身を置くだけで、古代の記憶に立ち戻る。
数々の美しい写真を見るにつけ、
現代教育の現場が、
宇宙や自然界と切り離されてしまっていることに
寂しさや悲しみ、そして虚しさが込み上げてきた。
「光の時代」を担うために産まれてくる子供達に
提供できる教えや教育の場が全く整っていないことに
焦りすら感じてしまう・・・。

現代の教育やワークショップ(レクチャー)のほとんどが、
閉塞感のある屋内で行なわれる。
教えや場所に宇宙的な法則や意識は含まれず、
風、光、氣、源、宇宙を直に感じることはできない。
再び、宇宙や自然界と意識的につながるために、
教育を見直し、
さらには教室さえも考慮に入れる必要がある。
息苦しい室内で展開される利益追求型の教育では、
宇宙的な意識やスピリットの理解力は養われない。
自然界と分離された思考が育ってゆくばかり・・・。
教育が、暦が、経済が、社会が、政治が、宗教が、
宇宙や自然界とかけ離れ、尊重を忘れてしまった。
今、私達は、
古代マヤの宇宙的教育を純粋に護り伝えてきた
祖先達からのメッセージに素直に耳を傾け、
それを実践、行動に移すべき時が来ている。
マヤン・コミュニティ「ロルベ」は、
真の教育を忘れてしまった世界中の人々に開かれ、
高次な宇宙的意識を取り戻す場として機能している。
気づきと、古代の記憶活性化のための鍵を与え、
私達人間を、真実の光の道へと導いている。
同じ過ちを繰り返さないためにも、
美しい未来を次世代に遺すためにも、
今、私達が取り戻さなければならない真の教育がある。
父なる太陽の偉大なる光がいつもあなたと共にありますように。
イン・ラケ’ッチ!(私はあなた、あなたは私)
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マヤン・コミュニティ「ロルベ」へのご支援は随時受付中!
(郵便振替 口座名:ロルベ 口座番号:00850-4-57588)
現在の口座残高 → ¥465,188 (借入金:100万円)
* 借入金は「2009年のロルベ緊急事態」の際に、
約800万円を3ヶ月間で必要とし、
期限までに集まらなかった分を借り入れたものです。
ロルベの詳細 http://www6.plala.or.jp/nagaku/main-lolbe.htm
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マヤ先住民の叡智を伝える真のティーチャー
司馬遼太郎が超人空海を実に丁寧に検証した
「空海の風景」を読み、非常に興味が湧いた。
特に空海が、
インドからチベット、そして唐へと渡った密教を
日本に持ち帰ったものの、
体系を真に理解されることを望むがゆえに、
とても慎重に行動するという部分。
私達もまた、
「異国文化の叡智を日本に持ち帰った後の違和感」
という点において、
空海との対比は大変におこがましいと知りつつも、
「何だか似ているものがある」と感じてしまった。
なぜなら、
日本に持ち帰ったマヤ先住民文化の叡智は、
これまでとは異なった、
また聞いたことさえないようなものでもある。
ゆえに、それを忠実に伝えようとしても、
なかなか真の部分が伝わらない。
私達は、
「叡智の真髄は大変にシンプルなもの」と捉え、
「シンプルさゆえに千差万別の解釈が成り立つ」
と理解している。
であるからこそ、
シンプルで根源的なことしか伝えてはならないし、
またシンプルな表現でしか伝えることができない。
そしてシンプルなものは、
実践を通じて、
ジワジワと人生の中で熟成され、成長するものだ。
そう簡単に、「私は理解できました!」と
口にすることはできないものである。
マヤ先住民の長老フンバツ・メンでさえ、
「私もまた、学びの途上である」と、よく仰っている。
しかし人間は、
理解できないものは、簡単に捨ててしまうか、
既知にあてはめてしまう。
さらには、
歪曲な自己流の解釈で理解しようとさえする。
前述の著書でも、
空海と最澄の交流のくだりにくぎづけになった。
最澄は決して悪い人ではないし、
優れた師であると想像するが、
空海から経典や文献を借りて「読むこと」で、
密教を捉えようとした。
唐から渡ったそれまでの仏教の修得法は、
どれも「読むこと」や「書き写すこと」だったので、
密教もまた同じようにしたという。
空海は8年間もの間、
最澄が希望する経典を黙って貸し続けるが、
「実践なしには習得できない」ということを、
再三に渡って告げていた。
彼等が完全に交流を断絶したきっかけは、
最澄が「理趣経=三昧耶(サンマヤ)」という
経典の借用を申し出ることから始まる。
密教で一番大切なこの経典を、
最澄はそうとは知らず、
これまでの経典と同じように借用を求めるのだが、
不用意なことに、用のついでに、それも追伸で、
「そう言えばあれも貸して」と、
軽い感覚で求めてしまったことに空海がキレたのだ。
空海曰く、
「実践なしには真に理解することはできないし、
最澄は最澄の道(天台宗)に献身すべきで、
密教を片手間に学ぼうとするのは間違っている」
というわけだ。
深くうなずいてしまった。
また、どこかで聞いた話にそっくりである。
献身し、それを一筋に求めようとする力と、
あれもこれも混在させてしまうものとでは、
全く趣きが、エネルギーが、異なってくる。
知識や知恵に、広く浅く接する場合、
ある程度までの情報は知り得ても、
それ以上の深みに到達することはできない。
無理なのである。
なぜなら、一途な献身と実践こそが、
次の段階で最も必要とされる要素となるからだ。
ものの本で分かったような気になるのは、
ほんの極一部分であると言っていい。
つまり、シンプルだからこそ、
「知識」のみならず、「儀式」が必要であるのに、
「儀式」なしで、
思想家や研究家といった頭の良い人達が、
シンプルな体系を理論的に構築してしまえば、
それは、個人的な思想や解釈に狭められてしまう。
そうなると、
シンプルなはずの叡智が複雑化し、
支流が生まれ、
各枝葉に分割されてゆくのは止められない。
これまでのどの国の歴史を見ても、
個人的になってゆく宗教や思想が生まれ続けている。
どれほど分割されていっているのかが、
容易に見てとれる。
このような人類共通の習性を理解し、
また、
実際に当校周辺で起こっている関連の問題を解決すべく、
私達は、
マヤ先住民の伝統の叡智に純粋に献身される方、
「知識」と「儀式」をバランスよく修得される方、
そしてそれを実際の活動の場に移せる方を、
「マヤ叡智 教導委員」と名づけて認定し、
公表することにした。
これは、私達と共に、ご自身の人生において、
「知識」と「儀式」の実践を献身的に行ない、
その両翼で羽ばたく方を認定するものである。
「マヤ叡智 教導委員」が伝える場からは、
古代から継承され、純化されてきた、
マヤ伝統のシンプルな教えだけが、
深い尊重と共に伝達される。
古代マヤの教えが意味する「尊重」とは、
人に親切にするとか、丁寧に受け答えするとか、
礼儀正しくするとか、目上の人を敬うとか、
そんな表面的なことではない。
論語でも、
「道で聞いた話しを、
すぐ先の道で伝えることはおろかなこと」という。
長老フンバツ・メンも同様に、
「この知識は、
この人に伝えていいものか、伝えていい時間か、
伝えていい場所なのかをいつも熟慮する」と仰る。
とても幸運なことに私達は、
「真の尊重」を忘れてしまったこの現代社会の中で、
大変に貴重な古代の叡智を手にしている。
多くの師が深い尊重を持って、
何千年もの長い年月をかけて伝えてきたものの価値は
計り知れない。
そのことを、強く、肝に銘じている。
これを尊び、敬意を持って伝える使命は、
片手間やいい加減な気持ちでなされてはならない。
口伝が口伝のままで伝えられてゆくためには、
シンプルなようで奥深い実践(儀式)とのバランスこそが、
最重要になってくる。
「マヤ叡智 教導委員」は、古代からの伝承の教えを、
純粋に発する真のティーチャーとして存在する。
そして、
古代の叡智が未来永劫、純粋なままの姿で伝わるように、
己を消して助力することを美徳とする者達だ。
その「マヤ叡智 教導委員」に、
自分自身の使命と運命を重なり合わせてくれる、
そんな力強い魂達に再会できることを、
これからもずっと楽しみに待ち続けてゆく。
父なる太陽の偉大なる光がいつもあなたと共にありますように。
イン・ラケ’ッチ!(私はあなた、あなたは私)
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「マヤ叡智 教導委員」について。
http://www6.plala.or.jp/nagaku/index-teacher.htm
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マヤの教育を実体験するラカンドン・ジャングル
マヤから帰ってそろそろ1ヶ月。
今でも静かな場所でくつろぎ、目を閉じると、
ラカンドンのジャングルに引きこまれてゆく。
上も下も右も左も全てが緑色の世界。
巨大な木立が鬱蒼とする森の道を、
ただただ黙ってラカンドン族の青年の足元を慕い、
歩いている自分に舞い戻るのだ。
大自然の中を「黙して歩く」。
ワクワク嬉しい気分が蘇ってくる。

静かな朝の森に、美しい鳥達の声がこだまする。
青年が指さす方向にカメラを向けると、
鳥が胸を広げて鳴いている。
小さな胸から豊かな声量が響き渡っている。
春浅い森の中はまだ静かだ。
蝉の声もまばら。
熱帯の暑さが届く前の、
しのぎやすく、清々しく素晴らしい気温だ。
セイバやマホガニーの巨木が所々に現われ、
その度に立ち止まり、感嘆と共に見上げる。
そして一同は、
大いなる生命を崇拝する気持ちを思い出す。

また歩を進めると、突然の轟音。
静かな森が一変する。
轟く水流にあらゆるものが飲み込まれる巨大な滝。
思いがけない出会いにしばし呆然とする。
さらに行くと、深い森の奥地に石組みが現われ、
ピラミッド神殿の痕跡に驚かされた。
「ラカンドンの森は、人を寄せ付けないジャングル」。
そういったイメージは覆された。
多くの美しい情景を持ち、
人を待っていたかのように豊富な宝を差し出してくれる。
何時間歩いても飽きることがなく、また疲れず、
不意に人を喜ばせる出会いに満ちている。
これは癖になる。
何度も何度もスピリットがあの森に帰りたがる。
ジャングルを案内してくれる青年は、
一歩一歩を確実に歩んでいた。
後ろに目があるのかこちらの歩調を察しつつ、
早過ぎず、また遅過ぎず、静かに歩いてゆく。
途中、あちこちの植物を指差しては、
食べられる葉や根、蔦、果実、
そして衣料になる木を教えてくれる。
以前は父親と歩いて狩りをしたという。
弓矢ではなく、ライフルの世代だと言うけれども、
彼の新たな一面に驚いた。
「これはスプーンになるんだよ」。
マホガニーが落とす実の割れた皮を手に取り、
ラカンドン族のスプーンを拾わせてくれた。
なるほど緩やかなカーブが美しい形で、
口元や手にぴったり馴染むサイズなのだ。
裸足で川を渡る場所を過ぎると、
「このまま歩いても大丈夫」と、
自ら草履をぬぎ、示してくれる。
私達も恐る恐る裸足で歩き始めると、
フワフワな腐葉土の上をゆるゆると歩けることに
思いがけなく喜びが倍増した。
大地との直接的な交流は、
私達のあらゆるものを元気にしてくれる。
青年も満足げな私達を見て頬を緩めている。
彼の動作の全てに、森への敬意が見て取れる。
長い間、彼等の部族は、森と共に暮らしてきた。
長い黒髪や貫頭衣は先祖への誇りであり、
大いなる尊重を意味する。
静かな歩行も、静かな言葉も、
彼等がジャングルに尊重を示している現われなのだ。
青年はいわゆる街のラカンドン族二世。
私達が日本から到着したばかりの日、
顔なじみの彼の母親が、
「ラカンドン・ジャングルに行きたいなら、
丁度、息子が明日行くから一緒に行くといい」。
そう薦めてくれたのだ。
青年は5人の子供を男手一つで育てているという。
長男を伴って、
祖父母が住む森へ食料を届けるという日に
ご一緒できたのだ。
袋に入った食料品がモソモソ動いているので驚くと、
中には大きなカメが3匹入っていた。

乗合バスに揺られて3時間。
雨があがったばかりの瑞々しい森の奥地に到着した。
そこは親戚達からなるコミュニティで、
主にエコ・ツーリストを迎える宿泊施設が併設されている。
コミュニティの中心近くにある小屋に、
100歳にもなる祖父母がお二人で暮らしていた。
祖父母は孫とひ孫を温かく迎え入れ、
カメを手にして嬉しそうにマヤ語で何事かを話していた。
現代、主なラカンドン族は、森から街へ出てきた。
ラカンドンのトレードマークである
「長髪と貫頭衣」でお土産を売る姿は、
ただのパフォーマンスなのではない。
街で暮らしていても、彼等は森の生活を心から愛し、
祖先の森を深く尊重している。
彼等の祖先のスピリットの全てが森に今もなお存在し、
いつでも彼等を迎えてくれることを知っているからだ。
彼が街にいる時は、静かで物言わない印象だった。
森の案内では、繊細な気づかいを見せつつ、
楽しく、またハートのこもった交流をしてくれ、
伸び伸びとした一面を見せてくれた。
彼もまた、高い精神性を備えていることを
おくびにも出さない一人だったことを知って、
ラカンドン族の教育方法は、とても美しいものなのだと、
また深く理解することとなった。
精神性が豊かなラカンドン族だからこそ、
長きに渡って森が心を許して迎えてくれるのである。
ジャングルがいつまでも守られるには、
ラカンドンのような精神性を高める教育が必要なのである。
あぁ!
すぐにでもラカンドンのジャングルへと導かれたいと願う。
そして今日もまた、
夢の中で私のスピリットはあの森を彷徨うだろう。
父なる太陽の偉大なる光がいつもあなたと共にありますように。
イン・ラケ’ッチ!(私はあなた、あなたは私)
◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇◆〇
早速、早期参加表明承ります!
当校在校生の少人数限定!(参加条件あり)
「春のラカンドン・ジャングル・ツアー!」
http://www6.plala.or.jp/nagaku/tour-2012-03-2.html
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